近年、フレックスタイム制や裁量労働制など、労働時間について従業員の裁量に委ねる部分が大きい働き方が増えてきました。そんな中で気になるものの一つに残業代が挙げられます。
さまざまな働き方が認められる中で、残業代の計算方法も複雑化している実態があります。ただし、正しい知識を持っていないと労働基準法に違反するおそれもあります。今回は、残業代の計算について詳しく解説します。
残業の基準と種類
まずは、残業の基準と種類について解説していきます。
残業代を計算する際は、「そもそも残業とは何を意味するのか」について理解することが必要です。労働基準法では、「1日8時間、週40時間」が法定労働時間と定められており、この範囲を超えた労働を時間外労働(法定外労働)といいます。
時間外労働が発生した場合、企業は従業員に対して割増賃金を支払わなければなりません。一方、時間外労働の他に「法内残業」という概念があります。
法内残業は、企業が定める所定労働時間を超えた、法定労働時間未満の残業です。法内残業が発生した場合、企業は割増賃金を支払う必要はありません。
両者の残業について、さらに詳しく解説していきましょう。
(法定)時間外労働
時間外労働とは、労働基準法で定められた「1日8時間、週40時間」の法定労働時間を超えた労働(残業)のことです。時間外労働が発生した場合は、企業が従業員に対して、時間外労働時間分の割増賃金を支払わなければなりません。
たとえば、就業時間を8:30〜17:00(休憩1時間)と定めている企業で、19:00まで残業をした社員がいたとします。就業規則で定められた1日の所定労働時間は7.5時間であるため、0.5時間分を超えた残業は時間外労働です。よって、この場合は1.5時間分の割増賃金が支払われる必要があるのです。
法内残業
法内残業とは、企業が定める労働時間を超え、法定労働時間を超過しない残業です。上の例における17:30までの0.5時間の残業が、法内残業に該当します。
労働基準法上では、法内残業に対して割増賃金を支払う必要はありません。法律上では残業代を支払う必要はありませんが、法内残業に対する残業代の扱いは企業によって異なります。
詳しくは、就業規則や雇用契約書などを確認すると良いでしょう。
残業代の計算方法
続いては、残業代の計算方法について解説していきます。残業代の計算における基本の式は次のとおりです。
- 残業代=残業時間×時間あたりの割増賃金
時間あたりの割増賃金は、次のように計算します。
- 時間あたりの割増賃金=時給換算した賃金(基礎賃金)×割増率
つまり、残業代を計算する際は、次の2つを把握することが必要です。
- 時給換算した賃金(基礎賃金)
- 割増率
それぞれについて解説していきましょう。
基礎賃金の計算
ここでは、一般的な月給制の企業を想定して解説していきます。
基礎賃金とは、1ヶ月の給与を、1ヶ月の労働時間で割った金額です。計算式は次のとおりです。
- 基礎賃金=月給(基本給+諸手当)÷月平均所定労働時間
基礎賃金の計算に含まれるのは、基本給と諸手当です。労働基準法では、残業代の計算から除外する手当について、次のものが挙げられています。
・家族手当
・通勤手当
・別居手当
・子女教育手当
・住宅手当
・臨時に支払われた賃金
・1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金
上記を除く手当は、残業代の計算対象として基礎賃金に含む必要があるのです。
次に、月平均所定労働時間を求めましょう。計算式は次のとおりです。
- 月平均所定労働時間=(365日-企業の年間休日数)×1日の所定労働時間÷12ヶ月
たとえば、年間休日数125日、1日の所定労働時間7.5時間の企業では、月平均所定労働時間が150時間となります。
- 月平均所定労働時間=(365日-125日)×7.5÷12ヶ月=150時間
上記の企業で月給(=基本給+諸手当)が30万円の社員の場合、基礎賃金は次のように計算されます。
- 基礎賃金=30万円÷150時間=2,000円
割増率
割増率とは、時間外労働に対して支払われる残業代の基礎賃金への上乗せ率です。時間外労働では、割増率の下限が25%と定められています。
割増率が25%の場合は、1時間あたりの基礎賃金を1.25倍した金額が1時間あたりの割増賃金です。さらに、1ヶ月の残業時間の合計が60時間を超える場合は、割増率の下限が50%と定められているため、割増賃金額は基礎賃金の1.5倍となります。
この他にも、残業の種類によって割増率が変わるため、下記の表で確認しましょう。
▼基本的な割増率一覧
残業の種類 | 労働基準法で定められる最低割増率 | 備考 |
---|---|---|
時間外労働(法定労働時間を超えた残業) | 25% | |
時間外労働(1ヶ月60時間を超えた場合) | 50% | |
深夜労働(22時〜翌5時の間に労働した場合) | 25% | 2023年3月までの期間中小企業では25% |
時間外労働+深夜労働 | 50% | |
時間外労働(1ヶ月60時間超)+深夜労働 | 75% | 2023年3月までの期間中小企業では50% |
法定休日労働 | 35% | 法定休日は、企業が定める週に1日以上または4週間に4日以上の休日 |
法定休日労働+深夜労働 | 60% |
1時間あたりの割増賃金
割増率について把握できれば、1時間あたりの割増賃金を求めることができます。計算式は次のとおりです。
- 1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×割増率
たとえば、基礎賃金が2,000円の従業員が1時間の時間外労働を行った場合、1時間あたりの割増賃金は2,500円です。
- 1時間あたりの割増賃金=2,000円×1.25=2,500円
1時間あたりの割増賃金を計算できたら、月全体の残業時間に応じて1ヶ月全体での総残業代を求めていきましょう。
1ヶ月の総残業代
1ヶ月の総残業代を求める計算式は次のとおりです。
- 1ヶ月の総残業代=1ヶ月の残業時間×1時間あたりの割増賃金(残業代)
ここで、1ヶ月の残業時間について確認する必要があります。残業時間には、1分刻みで記録した1ヶ月分の残業時間を合計します。合計後の残業時間は、30分未満は切り捨て、30分以上は切り上げが可能です。
たとえば、月の時間外労働が15時間20分の場合は15時間、15時間30分の場合は16時間で計算できます。
上述の例では、1時間あたりの割増賃金が2,500円の場合の残業代は次のとおりです。
- 1ヶ月の総残業代=15時間×2,500円=37,500円
時間外労働における残業代は37,500円となります。
給与形態による計算方法の違い
ここまで、一般的な月給制に基づいて残業代を計算してきました。しかし、すべての企業が月給制であるわけではなく、次のようにさまざまな給与形態が存在します。
・月給制
・年俸制
・時給制
・日給制
・歩合制
それぞれの給与形態に応じた残業代の計算について解説していきます。
月給制
月給制では、基本給と諸手当(一部除く場合あり)の合計額を月平均所定労働時間で除した金額が基礎賃金となります。基礎賃金に割増率を乗じて1時間あたりの割増賃金を求め、さらに1ヶ月の残業時間を乗じて月の残業代を計算しましょう。
・基礎賃金=月給(基本給+諸手当)÷月平均所定労働時間
・1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×割増率
・1ヶ月の残業代=1時間あたりの割増賃金×1ヶ月の残業時間
年俸制
年俸制とは、1年間単位で給与の総額を決定し、年俸額を12ヶ月で除した金額が毎月の給与として支払われる給与形態です。年俸制では、除外対象の諸手当を除いた1年間の賃金を、1年間の所定労働時間で除した金額が基礎賃金となります。
基礎賃金の求め方以外は、上述の月給制と同様に計算しましょう。
・基礎賃金=1年間の賃金÷1年間の所定労働時間
・1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×割増率
・1ヶ月の残業代=1時間あたりの割増賃金×1ヶ月の残業時間
時給制
時給制とは、定められた1時間あたりの賃金に労働時間を乗じた金額が給与として支払われる給与形態です。時給制では、定められた時給額がそのまま基礎賃金となります。
・基礎賃金=時給額
・1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×割増率
・1ヶ月の残業代=1時間あたりの割増賃金×1ヶ月の残業時間
時給制のアルバイトやパートにおいても、時間外労働や深夜労働を行った場合は割増賃金が支払われなければなりません。
日給制
日給制は、1日単位で賃金が定められている給与形態です。日給制では、支給される日給額を1日の労働時間で除した金額が基礎賃金となります。
・基礎賃金=時給額
・1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×割増率
・1ヶ月の残業代=1時間あたりの割増賃金×1ヶ月の残業時間
歩合制
歩合制とは、成果や売上に応じて給与額が決まる給与形態です。
歩合制での残業代はあまり認識されていないかもしれませんが、歩合制でも時間外労働や法定休日労働、深夜労働を行った場合は割増賃金が支払われなければなりません。
歩合制の場合、基礎賃金の求め方と乗ずる割増率が異なります。歩合給の基礎賃金は、1ヶ月の歩合給総額を、残業を含めた総労働時間で除した金額です。
また、歩合給における割増率は基礎賃金に0.25を乗じた金額となります。1.25ではなく0.25を乗ずるのは、歩合給額にすでに残業時間分の基礎賃金が含まれているためです。
・基礎賃金=歩合給÷1ヶ月の残業を含めた総労働時間
・1時間あたりの割増賃金=基礎賃金×(割増率-1)
・1ヶ月の残業代=1時間あたりの割増賃金×1ヶ月の残業時間
労働形態による計算方法の違い
近年、働き方の多様化が進み、残業時間の計算も単純ではなくなってきています。労働形態によって、残業代の計算方法が異なるため注意が必要です。
ここでは、次の労働形態について、残業代の計算方法を解説していきます。
・変形労働時間制
・裁量労働時間制
・フレックスタイム制
・管理職
変形労働時間制
変形労働時間制とは、1年間や1ヶ月ごとの総労働時間を計算し、平均で「1日8時間、週40時間」となる労働形態です。繁忙期や閑散期がある業種によく用いられる労働形態であり、1年間や1ヶ月などの定められた清算期間での平均労働時間が1日8時間・週40時間以内でなければなりません。
1日の所定労働時間が法定労働時間を上回る場合、残業時間には所定時間を上回った時間が適用されます。一方、閑散期などで1日の所定労働時間が法定労働時間を下回る場合は、法定労働時間を上回った時間が残業時間として適用されます。
例として、1ヶ月のうちで次のとおり所定労働時間が定められているとしましょう。実際の労働時間から残業時間を求めると次のとおりです。
第1週 | 第2週 | 第3週 | 第4週 | |
---|---|---|---|---|
所定労働時間 | 50時間 | 50時間 | 30時間 | 30時間 |
法定労働時間 | 40時間 | 40時間 | 40時間 | 40時間 |
実労働時間 | 55時間 | 50時間 | 33時間 | 45時間 |
残業時間 | 5時間 | 0時間 | 0時間 | 5時間 |
上記のように、法定労働時間を超過した第1週と第4週にそれぞれ5時間の残業が発生しています。つまり、1ヶ月の残業時間は合計10時間です。
この場合は、10時間分の割増賃金が残業代として従業員に支払われます。
裁量労働制
裁量労働制とは、労働時間を従業員の裁量に委ね、一定時間を働いたとみなす労働形態です。日々の労働時間に関わらず、所定の労働時間分の給与が支払われます。
つまり、裁量労働制にて1日のみなし労働時間が8時間と定められている場合、1日の実働時間が5時間でも9時間でも8時間の労働とみなされた賃金が支払われるのです。
裁量労働制の場合は、固定残業代として既定の支給額に残業代が含まれていることが一般的でしょう。また、みなし労働時間が1日8時間、週40時間の法定労働時間を超える場合や、固定残業代に含まれる残業時間を超えた分の残業代、深夜労働、法定休日労働に対しては相応の割増賃金が支払われなければなりません。
フレックスタイム制
フレックスタイム制とは、コアタイム(企業が定める必須労働時間)の勤務以外の始業時間と終業時間は労働者の裁量に任せられる労働形態です。フレックスタイム制では、1日あたりの所定労働時間は定めません。
ただし、週で40時間を超えた勤務は時間外労働となり、割増賃金が支払われる必要があります。たとえば、11:00〜14:00がコアタイムの企業にて、次のような働き方をしたとしましょう。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
コアタイム | 法定休日 | 11:00〜14:00 | 11:00〜14:00 | 11:00〜14:00 | 11:00〜14:00 | 11:00〜14:00 | 法定休日 |
実働時間 | 10:00〜19:00 (8時間) | 8:00〜19:00 (10時間) | 9:00〜19:00 (9時間) | 11:00〜19:00 (7時間) | 9:00〜18:00 (8時間) |
フレックスタイム制では、コアタイム以外の労働時間は自由です。8時に出勤する日もあれば、11時に出勤する日もあります。
上の表においては、1週間の総労働時間が42時間のため、時間外労働は2時間となり、2時間分の割増賃金が支払われなければなりません。
管理職
労働基準法における「管理監督者」として扱われる労働者は、管理職手当を受ける代わりに労働時間や休日の制限を設けなくても良いことになっています。
一般的にいう「部長」や「課長」などの管理職が法律上の「管理監督者」に該当するわけではありません。「管理監督者」と判断されるには、「経営方針の決定に参画している」などの条件を満たす必要があるのです。
また、「管理監督者」である労働者でも、深夜手当は受けることができることには注意が必要です。
残業代の計算における注意点
ここまで、さまざまな給与形態や労働形態における残業代の計算方法がおわかりいただけたでしょう。最後に、実際に残業代を計算する際の注意点について解説していきます。
・割増率ごとに計算する
・1分刻みで計算する
割増率ごとに計算する
残業代は、割増率が同じの残業ごとに計算しましょう。1日8時間や週40時間の基準を超える時間外労働と、法定休日労働の労働時間など、割増率が異なる残業時間をまとめて合計すると、正確な計算ができなくなります。
また、このような労働時間の記録と計算は人の手で行うと手間がかかり、ミスの原因にもつながるため、効率的に残業代を算出できるような仕組みを取り入れることも重要です。
1分刻みで計算する
労働基準法では残業時間を1分刻みで記録・計算しなければならないと定められています。15分単位や30分単位などで切り捨てることは違法となるため注意してください。
ただし、1ヶ月分の時間外労働や休日労働各々の労働時間(残業時間)の合計に1時間未満の端数がある場合は、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げることが認められています。
たとえば、1ヶ月の時間外労働が15時間20分の場合、端数の20分を切り捨てて15時間として割増賃金の計算が可能です。
まとめ
残業代の計算は、法内残業と時間外労働が存在したり、残業の種類によって割増率が異なったりと、複雑な面があります。また、企業ごとの就業規則や雇用契約書には、賃金の決定や計算方法について明記しなければなりません。
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