安全配慮義務

人材不足が各企業で進む中、必要性が高まっているのが安全配慮義務の徹底です。社員の安全を正しく管理することは大切ですが、なぜ今注目されており、どのような点に配慮すべきなのでしょうか?

今回は、そんな安全配慮義務の必要性や、企業が取り組むべき対策について解説します。

安全配慮義務とは

安全配慮義務とは、企業が社員を守るべく、最低限気をつけるべき配慮義務を指します。企業は労働者の安全を確保することで、安心の職場づくりに努めることが求められています。

労働契約法に示される安全配慮義務

安全配慮義務は、労働契約法に示されている義務の一つです。事業者として、一人でも労働者を雇用した場合には安全配慮義務の遵守が必要です。

労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、安全配慮義務の徹底を事業者に促しています。

1975年、自衛隊員が整備工場での事故により死亡した陸上自衛隊事件をきっかけに、日本では雇用者が労働者の安全を守るために配慮することが強く求められるようになりました。

参照元:労働契約法のあらまし(厚生労働省)

労働者を危険にさらしたり、企業が損害賠償のリスクを回避したりする上で、安全配慮義務への理解を深めることが大切です。

自己保健義務との違い

安全配慮義務と似たようなものに「自己保健義務」と呼ばれるものがあります。自己保健義務は、労働者が自助努力で自身の安全を守る必要があることを示すものです。

雇用者が労働者の健康や安全を守ることはもちろん、できる範囲で労働者が自ら健康を保つ努力も継続することが求められます。

安全配慮義務の範囲

安全配慮義務の範囲には、大きく分けて「健康配慮義務」と「職場環境配慮義務」の2つの種類があります。ここでは、それぞれがどのような領域をカバーしているのかについて解説しましょう。

健康配慮義務

健康配慮義務とは、業務のなかで過度の疲労や心理的負担によって、労働者の心身の健康が損なわれることを回避するための義務全般を指します。

代表的な取り組みとしては、次のものが挙げられます。

  • 健康診断
  • メンタルケア
  • 労働時間管理

正しいヘルスマネジメントを実践することで、未然に何らかの問題が労働者に発生する事態を回避します。

職場環境配慮義務

職場環境配慮義務は、主に職場におけるいじめを回避するために設けられた義務全般を指します。いわゆるハラスメント対策の徹底を、職場環境配慮義務によって求めます。

労働者同士のコミュニケーションに問題が起きたり、業務上のトラブルでいさかいが起きてしまったりしないよう、企業は職場を監督する責任を負います。

安全配慮義務の徹底が必要な理由

職場が安全な状態に保たれることは誰もが望んでいることですが、近年になって徹底した取り組みが各社で行われているのにはどういった理由があるのでしょうか?

徹底が必要な理由

・社員の安全を保証して定着率を高めるため
・生産性向上につながるため
・会社のブランド認知を高めるため

社員の安全を保証して定着率を高めるため

安全配慮義務の徹底は、企業が社員の安全を保証し、労働者が職場から離れてしまわないようにする上で重要な取り組みです。

多くの企業が人材不足に悩んでいるのは、労働人口の母数が減っていることもありますが、人材の流動性が高まり、離職率が増加していることも背景にあります。

人材市場が活性化したことで、労働者はより良い環境の職場を気軽に求められるようになりました。そのため、企業は新しい人材の確保、あるいは既存人材の流出を防ぐべく、労働者が安全に働ける職場づくりは不可欠です。

生産性向上につながるため

安全な職場づくりの実現は、労働者の生産性を高める上でも有効です。安心して働くことのできない職場は、いかなる理由であれ、労働者のパフォーマンスをフルに発揮させることはありません。

余計なリスクの心配をすることなく働けるような環境が整うことで、労働者は自身のスキルを存分に発揮することができたり、十分な休息を取って業務に取り組むことができたりします。

会社のブランド認知を高めるため

安全に配慮している企業というのは、それだけで世間的なブランド価値を高めることができます。

事故防止に取り組んでいる建設会社や、ハラスメントのない、あるいはその対策が徹底している企業は、求職者にとって「ここなら安心して働けそうだ」という印象を与えます。

また、クライアントも「この会社なら不祥事もないだろう」とリスクの不安を抱えることなく発注することができ、多くの取引先獲得へ間接的に貢献するでしょう。

安全配慮義務に違反した場合の罰則

安全配慮義務について気になるポイントとなるのが、配慮義務を怠った場合にどのような罰則があるかでしょう。

結論をお伝えすると、日本の法律は安全配慮義務に違反したことに対して、企業に直接の罰則を課すことはありません。しかし、何らかの事件や事故が安全配慮義務を怠っていたことに起因する場合、民法に基づき次の責任を問われる可能性が高まります。

違反した場合の罰則

・民法415条に基づく債務不履行
・民法709条に基づく不法行為
・民法715条に基づく使用者責任

民法415条に基づく債務不履行

民法415条では、債務を負っている企業が債務を履行せずに相手へ損害を与えた場合、その際に安全配慮義務に違反していると、相手は企業に対して損害賠償請求を行うことができます。

企業がその責任を負うにはふさわしくないと認められた場合、損害賠償請求は棄却されることとなるものの、賠償請求が実現すれば多大な弁済費用が発生するため、事業の継続は困難になるケースもあります。

民法709条に基づく不法行為

民法709条には、不法行為責任と呼ばれる規定があります。この規定は、故意または過失によって他人の権利や法律で保護される利益が侵害された場合、損害賠償責任を問うことができることを定めたものです。

それが故意であれ過失であれ、安全配慮義務に違反している状態で労働者に何らかの問題が発生した場合、企業は労働者から不法行為責任を問う損害賠償請求を受ける可能性があります。

安全配慮義務を怠ることは、言い換えれば他人の権利を侵害する行為であるという見解があることも頭に入れておきましょう。

民法715条に基づく使用者責任

民法715条では、事業のために労働者を使用する使用者の責任について定められています。使用者は労働者が第三者に加えた損害についての責任を負うこととなっており、その監督や相当の注意喚起が必要です。

再三の注意や適切な監督があったのにも関わらず、労働者が第三者に被害をもたらした場合、すべての責任を企業が負うとは限りません。しかしそうでない場合、企業は安全配慮義務を怠ったとして、その賠償責任をすべて負うことになる可能性があります。

安全配慮義務違反となる主な事例

時間外労働

安全配慮義務違反が認められる事例には、大きく分けて以下の2つのケースが主に考えられます。

過度な時間外労働

1つ目は、過度な時間外労働です。いわゆる残業や休日出勤は、なるべくすべきではないこととされていますが、繁忙期などに差し掛かるとどうしても発生してしまうこともあるため、ゼロにすることはできません。

その際、残業手当などを支払い、労働者の負担分を企業は補償することとなっています。ただし、残業が常態化している、毎月の認められている残業時間を明らかにオーバーしている場合、安全配慮義務を怠っていると認められます。

常軌を逸した長時間の労働は、労働者に多くのリスクをもたらします。長時間労働による精神疾患や身体的な障害を与えたり、長時間労働による集中力や体力の低下で重大な事故をもたらしたり、リスクは多様です。

こういった事態を招かないためにも、使用者は安全配慮義務を徹底して遵守し、労働者の時間外労働を可能な限り回避する必要があります。

ハラスメント

ハラスメントも、近年特に問題になっている対策が必要な領域の一種です。ハラスメントが起こりうるケースはさまざまで、その種類も多様化してきました。

代表的なものには、社員が社員に対して暴力的な言葉や暴力を行使するパワーハラスメントや、性的な嫌がらせを加えるセクシャルハラスメントなどが挙げられます。

いずれも社内で発生し得る事態であり、職場のコミュニケーション改善や相談窓口の設置によって、被害を未然に防ぐ必要があります。

また、近年はカスタマーハラスメント、通称カスハラも話題になっています。カスタマーサポートなどを通じて加えられる精神的苦痛を背景に、離職を検討する労働者が増加傾向にあります。

顧客との会話を録音したり、暴力的な対応には取り合わないなどの決まりごとを設けたりするような施策に取り組むことで、労働者を顧客がもたらす脅威から守れる環境を整備しましょう。

安全配慮義務のために取り組むべき対策

安全配慮義務を遵守するためには、企業が率先して必要に応じた対策を講じる必要があります。ここでは、企業がどういった対策を取れば良いのか解説しましょう。

取り組むべき対策

・職場環境を整備する
・安全衛生教育を実施する
・相談窓口の設置などメンタルヘルス対策を徹底する
・健康管理を徹底する
・丁寧な労働時間管理を行う

職場環境を整備する

職場環境の改善は、安全配慮義務を守る上で一番に取り組むべき対策です。

たとえば、救命道具の拡充などは、肉体的な業務が多く発生する現場においては必ず必要な取り組みです。あるいは、冷暖房の設置や修理、買い替えなども、現場のストレスを解消する上では大切な取り組みの一つといえます。

直接的な身体的リスクを取り除くだけでなく、ストレスの小さい職場へとアップグレードすることで、労働者の健康状態の改善を促せます。

安全衛生教育を実施する

安全衛生教育は、労働者が自ら安全を守るためのルールや身を守る方法を共有するための機会です。基本的な教育が現場に行き届いていないと、不要なリスクを増大させ、安全配慮義務を怠っていることになってしまいます。

労働者向けの教育機会を普及させ、現場のリテラシー向上やリスク回避の行動を促進しましょう。

相談窓口の設置などメンタルヘルス対策を徹底する

ハラスメント被害を防ぐためには、現場の声をすぐに反映させるための窓口設置が重要です。

ハラスメントの実態が把握できない原因の一つに、労働者が相談できる窓口がない問題が挙げられます。相談窓口を設置することで、ハラスメントを早急に察知し対策に動けるだけでなく、ハラスメント是正に向けた現場の指導を行う上での手助けにもなります。

健康管理を徹底する

健康診断やカウンセリング・面談の機会を設けることは、現場の健康管理を徹底する上で重要です。

日頃から労働者の健康管理に気を使うことは、労働者の正しい自助努力を促進し、健康リスクの小さい職場づくりにつながります。

丁寧な労働時間管理を行う

労働時間の丁寧な管理は、長時間労働回避の上では必ず必要な取り組みです。残業日数や勤務時間を正しく把握できれば、特定の労働者へ過度に負担がかかってしまう事態を回避できるでしょう。

勤怠管理ツールを導入するなどして、厳格な管理体制を実現しましょう。

海外勤務者向け安全配慮義務の実施方法

海外での事業展開を進めている企業の場合、海外に赴任する労働者の安全配慮義務も別途徹底することが求められます。ここでは、海外勤務者向けの安全配慮義務の実施について解説しましょう。

海外勤務者向けの実施方法

・派遣先の安全確保やリスク管理を徹底する
・事前研修を実施する
・予防接種や現地ドクターとの連携を進める
・メンタルヘルスのケアを徹底する

派遣先の安全確保やリスク管理を徹底する

代表的な取り組みとしては、派遣先の安全確保やリスク管理が挙げられます。

欧米のように地政学リスクや政情不安の少ない地域であれば問題ありませんが、東南アジアや中東、アフリカなどは、派遣先のリスクが低くない地域だといえるでしょう。

事業展開を進めるとはいえ、これらの地域での活動は本当に安全か、もしも何かあったときにはどうすれば良いのか綿密に検討し仕組み化することで、労働者の安全を確保しましょう。

事前研修を実施する

赴任先での働き方や過ごし方について、事前に研修で共有することにより、現地でのリスク削減に努められます。

働き方もプライベートの過ごし方も日本とは大きく異なる地域での生活は、日本では考えられないリスクが発生します。現地に溶け込み良好な人間関係を構築したり、不用意なリスクを招きかねない行動を未然に防いだりするためのノウハウを伝えましょう。

予防接種や現地ドクターとの連携を進める

病気や怪我のリスクがある場合、日本での予防接種を徹底したり、現地ドクターとの連携を確保したりしておきましょう。アフリカなどでは感染症のリスクが高く、怪我をした際も提携ドクターがいなければ適切な治療を迅速に受けられない場合もあります。

これらの不安を解消するため、医療面のサポートを徹底して提供できるよう備えましょう。

メンタルヘルスのケアを徹底する

海外での生活は、労働者に思わぬカルチャーショックを与え、精神的なダメージを受けることもあります。些細な出来事であっても、それが積み重なることで労働者にうつ病などを発症させてしまう可能性もあるものです。

こういった事態を回避するため、労働者にはメンタルヘルスのケアができる環境を提供することも大切です。かかりつけの医者を紹介したり、カウンセリングが受けられる環境を提供したりすることで、精神的なショックを和らげたり正しい対処法を共有したりできます。

まとめ

企業が安全配慮義務を徹底すべき理由や、具体的な対策方法などについて解説しました。

安全配慮義務は人材の流出を回避するとともに、損害賠償などのリスクを回避する上でも重要な取り組みです。安全配慮義務を遂行するためには、まずどんな安全に配慮すべきなのか、どのような対策が必要なのかを正しく把握しなければなりません。自社で実施すべき対策を検討し、制度化することが大切です。

また、労働者の安全を守り適切な業務遂行を促す上では、業務の効率化やデジタル化を進め、労働者の負担軽減に努めることも重要です。当社ディップ株式会社が提供する「人事労務コボット」は、負担の大きい雇用契約業務の効率化に貢献するサービスです。

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