中小企業の働き方改革

日本で雇用契約を結んでいる労働者の7割が、中小企業から小規模事業者に所属しているとされています。そのため、働き方改革は大企業のみが行うものではなく、中小企業が率先して行なっていくことで、社会全体の動きが加速していきます。

「働き方改革関連法」が施行されたことにより、中小企業が働き方改革を行う波はますます加速すると考えられます。今回は、働き方改革が進められる背景から、中小企業が押さえておくべき法律や推進させるポイントまで解説していきます。

働き方改革とは?

働き方改革とは、政府が推進する多様な働き方ができる社会を目指した施策のことです。従来のように、新卒で入社した企業に定年まで勤め上げるという価値観から、自身のスキルを活かすために転職を行うなど働き方に関する変化が出てきました。

そのため、少子高齢化や夫婦共働きといった社会的課題を解決し、労働環境の改善や多様な働き方の実現を目指すために進められています。

厚生労働省では、具体的に働き方改革の実現に向けて、次の7つを重要施策として掲げています。各企業は各項目を十分に達成するために、社内規定の改定や改革の実行などが求められています。

  • 非正規雇用の待遇差改善
  • 長時間労働の是正
  • 柔軟な働き方ができる環境づくり
  • ダイバーシティの推進
  • 賃金の引上げと労働生産性向上
  • 再就職支援と人材育成
  • ハラスメント防止対策

参照元:「働き方改革」の実現に向けて

働き方改革が進められる背景

働き方改革が進められる背景には「労働人口の減少」が挙げられます。日本では、世界に先駆けて少子高齢化が加速していることから、労働人口が今後大幅に減少していくことが予想されています。

総務省の「平成29年版 情報通信白書」によれば、このまま働き方改革などの施策を打たずに進んでしまうと、2016年には6,440万人いた労働人口が、2030年には5,561万人まで減少するとしています。

こうした労働人口の減少を解決するために、高齢者から女性までが働ける環境が求められるようになりました。そのためには、多様な働き方を認め、魅力的な職場づくりを行うことが必要です。

企業が働き方改革を進めていくために、2019年4月から「働き方改革関連法」が施行され、社会全体で改革を目指す動きが加速しています。

中小企業が押さえておくべき働き方改革関連法

働き方改革関連法の施行によって、中小企業も押さえておくべき法案は主に次の5つです。

押さえておくべき関連法

・年5日の有給休暇取得義務化
・残業時間の上限制限
・同一労働同一賃金
・月60時間以上の残業に対する割増賃金引き上げ
・勤務間インターバル制度

これらに違反してしまうと罰則の対象になってしまうため、きちんと把握したうえで業務改革を行っていくことが必要です。

年5日の有給休暇取得義務化

企業は、法定の年次有給休暇日数が10日以上付与されている従業員に対して、年間5日以上の有給休暇を与えることが義務化されました。

これまでは、従業員の裁量によって有給休暇が決められていましたが、有給休暇の取得率が先進国と比較しても低いことから、時季を指定したうえで有給を与えることが必要になりました。

もちろん、企業側が日にちを指定して、従業員に有給休暇を与えることはできません。従業員側の意見を尊重したうえで、5日間の年次有給休暇を与えることが必要です。

また、企業側は従業員それぞれの年次有給休暇付与日や残日数などを明確にし、データとして3年間の保存が定められました。

企業側が有給休暇の取得をさせなかった場合は労働基準法違反となり、従業員一人に対して30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。そのため企業側は、計画的に従業員に対して有給休暇を取得させる必要があります。

残業時間の上限制限

従業員の残業時間を上限制限することも必要です。従来では、月に45時間、年360時間の上限設定がされており、状況や事情に応じて、これらを超える残業を課すことも可能でした。

しかし、働き方改革法案の施行によって、特別な事情がある場合でも、残業を年720時間以内までにすることが定められました。また、月45時間以上を超える残業は、年間で6ヶ月までの上限も加わっています。

上限を超えて残業を行わせた場合には、30万円以下の罰金や6ヶ月以下の懲役が科されてしまいます。そのため、企業側は業務効率化などを行い、従業員の残業時間を減らすことが求められています。

同一労働同一賃金

従来では正社員と派遣社員、契約社員が同じ業務を行なっていたとしても、正社員の方が賃金が高いことがほとんどでした。こうした待遇格差をなくすために施行されたのが、同一労働同一賃金です。

職務内容が正規労働者、非正規労働者で変わらない場合は、同じ待遇で業務を行わせる必要があります。2022年7月現在では、企業側は同一労働同一賃金を適用しなくても罰則の対象にはなりません。しかし、従業員側から説明を求められた場合、待遇に関しての説明を行うことが義務付けられました。

月60時間以上の残業に対する割増賃金引き上げ

月60時間以上の残業に対する割増賃金の引き上げが中小企業も対象になりました。

従来では、大企業のみに適用されていましたが、働き方改革法案の施行によって、すべての企業が月60時間以上の残業に対して、50%以上の割増賃金率が適用されました。

施行は2023年4月からとなっており、それ以降に割増賃金を従来の25%で適用してしまうと法令違反になってしまいます。企業は違反した場合、30万円以下の罰金や6ヶ月以下の懲役が科されます。月60時間以上の残業を行っている従業員がいる中小企業は注意が必要です。

勤務間インターバル制度

勤務間インターバル制度とは、終業時刻から次の始業時刻まで一定時間以上の休憩時間を設けなければならない制度です。具体的には、退勤後から翌日の出社時までに9時間から11時間程度のインターバルを設けることが求められています。

背景には、従業員の心身の健康状態を守ることが挙げられます。疲労が残った状態のまま仕事を続けてしまうと、生産性向上にはつながらず、企業の成果にもつながらない悪循環に陥ってしまいます。

また、業務によっては、機械を利用した業務や車の運転が必要な業務など、一歩間違えば命を落としてしまう事故を起こしてしまう危険性も高まってしまいます。

勤務間インターバル制度は、2022年8月時点において義務化はされていません。そのため、罰則などの規定も設けられていません。

しかし、従業員の健康を守ることは、企業の責務となっており、一度、従業員の事故が起きてしまえば企業の社会的信用は失墜してしまいます。ワークライフバランスも叫ばれるようになってきた昨今において、非常に重要な施策であるといえます。

参照元:

働き方改革を推進させるポイント

中小企業が働き方改革を推進させるポイントは、主に次の4点です。それぞれのポイントについて解説していきます。

ポイント

・業務効率化の推進
・就業規則整備等の職場環境改善
・賃金の最適化
・従業員への教育強化

業務効率化の推進

最も効果的なのが、業務効率化を推進させることです。現在行っている業務にムダな部分はないか、アナログで行なっているため時間がかかっている部分はないか、属人的な業務になっていないかなどを洗い出していきます。

業務効率化を進めるためには、業務のデジタル化を進めることが最も効果的だと考えられます。なぜなら、デジタル化を進めることで、データを一元管理できたり、横断的に活用できたり、効率的に業務を進めることにつながるからです。

たとえば、Excel(エクセル)などで勤怠管理を行っていると、転記作業や給与計算などで、担当者の負担が増えてしまいます。そこで勤怠管理システムを導入すれば、従業員の労働時間をリアルタイムで集計したり、残業時間の抽出が簡単に行えたりします。

また、給与計算システムと連携させれば、従業員の給与計算が自動で行えます。こうしたシステムを導入することで、業務効率化を推進することも働き方改革の一つです。

就業規則整備等の職場環境改善

従業員が職場に不満を持っている環境では、生産性向上にはつながりません。また、離職率の上昇も招いてしまいます。

こうした職場環境を改善していくためには、労使による話し合いが大切です。労働環境の実態を正確に掴み、メスを入れていくことが求められます。

職場環境を改善する際には、全社的に改善していくことはもちろん、改善に合わせた就業規則を整備していくことで、より効果的になります。

賃金の最適化

働き方改革によって残業時間や時間外労働が削減されたとしても、収入も合わせて減ってしまっては従業員のモチベーション低下は避けられません。そのため、賃金制度の見直しや業務分担の見直しなど、制度を見直すことで賃金の最適化を図ることが大切です。

基本給はもちろん、報奨金の上乗せを従来よりも大きいものにするインセンティブ制度を設けるなど、従業員のモチベーションを上げる施策を打つことが必要です。

従業員への教育強化

働き方改革は、経営陣から末端の従業員まで、どのようなことが必要なのかを理解することで加速していきます。そのため、従業員への教育強化は重要だといえます。

たとえば、年5日の有給休暇取得義務は、勤怠管理の担当者が認知していたとしても、対象の労働者が実際に取得しなければ企業責任になってしまいます。そのため、年5日の有給休暇取得が義務化されたことなどを認識させる必要があります。

法改正の周知や、実際に働き方改革を行っていくうえで意識して欲しい点などを教育していくと良いでしょう。

中小企業の働き方改革事例

最後に、具体的に中小企業で行われた働き方改革の事例を紹介します。5つの企業の事例を紹介しますので、自社の取り組みを行う際に、ぜひ参考にしてみてください。

  • 株式会社エムワン
  • 株式会社ソニックガーデン
  • 三和建設株式会社
  • 信幸プロテック株式会社
  • 株式会社オカモトヤ

株式会社エムワン

三重県に本拠地を置き、三重県に6店舗、大阪に3店舗の薬局を展開している株式会社エムワンは、従業員数67名の中小企業です。

慢性的な人手不足に悩まされていた同社では、全従業員の有給休暇消化100%を目指し、2015年から働き方改革を開始しました。具体的には、業務の属人化を防ぐためのマニュアル作成、スキルマップの作成、休暇中にやりたいことリストの共有などです。

結果として、有給休暇取得率が前年比で300%以上に増加、調剤売上高102%増加、採用へのエントリー数が5倍増加など、各数字が軒並み増加する結果となりました。

株式会社ソニックガーデン

株式会社ソニックガーデンは、クラウドサービスなどを提供しているIT企業です。同社では2016年にオフィスそのものを撤廃し、全従業員がリモートワークで仕事を行うことを実現させました。

リモートワークでは、コミュニケーションが減ってしまうという懸念から、自社開発したバーチャルオフィスツール「Remotty」を活用し、コミュニケーションの促進を図っています。

また、管理職を置かない組織体制を構築し、全従業員がフラットな立場で業務を行っています。結果として、上下関係などによるストレスなどなく業務に取り組めているとしています。

三和建設株式会社

三和建設株式会社は、大阪に拠点を置く建設会社です。

建設業界で慢性的な人手不足に陥っており、同社では人手不足にならないよう職場環境改善の働き方改革を行っています。具体的には、病気療養のための特別休暇の拡大、社内保育所の設置等による女性の雇用環境の改善、寮の設備などです。

結果として、同社では安定的な人材採用に至っており、女性従業員の比率は27%と建設業界では高水準になっています。

信幸プロテック株式会社

信幸プロテック株式会社は岩手県に本拠地を置く、空調設備の設計、施工、修理などを行っている会社です。

同社では、早く「帰る」、仕事のやり方を「変える」、人生を「変える」の3つの意味が込められた「カエル会議」を通して働き方改革を実行してきました。具体的には、スキルマップの作成による業務の洗い出し、手順書の作成による属人的業務の解消、スキルアップ勉強会の実施、ライフビジョンシートの作成などです。

結果として54の業務改善を実現し、修理依頼件数が前年度から180件増えたにも関わらず、残業時間の13.2%削減の成果につながっています。

株式会社オカモトヤ

株式会社オカモトヤは1912年に創業された、オフィスデザイン等を手がける老舗企業です。同社では「経営は人づくり」というスローガンのもと、働き方改革を推進しています。

具体的には、ICカードを活用した勤怠管理システム導入による労働時間の見える化、座席指定のないフリーアドレスの導入、モバイル環境整備によるテレワークの導入などです。

結果として、2016年から2018年までの3年間で残業時間の約30%削減を達成しています。また、今後もテレワークの推進などにより、従業員の柔軟な働き方を推奨したい考えです。

まとめ

中小企業の働き方改革が求められています。働き方改革が進められることで、企業側は従業員の離職防止や生産性向上、新たな人材の確保などのメリットがあります。

一方で、労働者側も残業時間の削減や同一労働同一賃金などメリットがあります。少子高齢化社会に突入した日本において、きちんとした働き方改革を推進することは、数年先の自社を助けることにつながるでしょう。

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