働き方改革での時間外労働

2019年4月に施行された働き方改革関連法によって、労働基準法や労働安全衛生法など、労働に関する多くの法律で改正が行われました。

さらに、時間外労働の上限規制や時間外労働に対する割増率の引き上げ、有給休暇の取得義務化など、長時間労働是正やワークライフバランス改善に向け、さまざまな規定が設けられました。

ただし、人事や労務の仕事に携わっていない限り、働き方改革関連法の施行によって、どのような点が変わったのか正確に理解している方は少ないでしょう。今回は、時間外労働の上限規制に内容を絞り、時間外労働削減を推進する理由や削減方法などについて解説します。

働き方改革関連法とは

働き方改革関連法とは、長時間労働是正や自由な働き方を実現するため、2019年4月から施行されている法律です。労働基準法や雇用対策法、労働安全衛生法など、労働に関連する法律の多くで、法改正を実施した背景もあり、大きな話題となりました。

働き方改革関連法の施行によって、改正されたポイントは大きく分けて9つあります。ポイントは次のとおりです。時間外労働の上限規制にテーマを絞っています。

働き方改革関連法のポイント

  • 時間外労働の上限規制
  • 勤務時間インターバル制度の導入促進
  • 年5日有給休暇の取得義務化
  • 客観的な方法に基づく労働時間の把握
  • フレックスタイム制の導入促進
  • 高度プロフェッショナル制度の導入促進
  • 時間外労働が60時間超過した場合の割増率引き上げ
  • 同一労働同一賃金の実現
  • 産業医の権限強化

時間外労働の上限規制に関するポイント

時間外労働の上限規制に関する重要なポイントは、主に次の4点です。

  • 法定労働時間や36協定の上限は変わらない
  • 特別条項適用には複数の規定を満たす必要がある
  • 時間外労働の上限規制が適用されない業種もある
  • 時間外労働が60時間超過した場合割増率が引き上げられる

特別条項付きの36協定を締結した場合でも、時間外労働の上限と罰則が明確化されました。特別条項を適用する場合は、クレーム対応や決算業務など、通常予見できない急激な業務量増加のケースに該当しない限り、特別条項の適用は認められません。

また、2023年4月からは、中小企業でも1か月で60時間を超える時間外労働を従業員に命じた場合、超過した時間数の割増賃金は、基礎賃金×50%にて支払わなくてはなりません。

法定労働時間や36協定の上限は変わらない

労働基準法によって定められている1日8時間、週40時間の法定労働時間は、働き方改革関連法の施行後も変わりません。時間外労働や深夜残業、休日労働を命じるためには、36協定の締結および申請が必要な点も同じです。

また、36協定を締結した場合も、時間外労働は月45時間、年360時間に収めることが原則的なルールです。ただし、月45時間の残業を毎月命じていると、45時間/月×12月=540時間と規定を大幅に超過するため、月30時間以下に時間外労働を収めなくてはなりません。

そして、36協定の上限以上の時間外労働を命じる場合、特別条項付きの36協定を締結する必要があります。

特別条項適用には複数の規定を満たす必要がある

特別条項付き36協定を締結した場合でも、以下にまとめた複数の規定をすべて満たさなければ、コンプライアンス違反とみなされます。一つでも違反した場合は、罰則が科せられるため注意が必要です。

また、規定の一つにある臨時的な特別な事情がある場合とは、通常予見できない業務量の大幅な増加が見込まれるケースです。具体的には、大規模なクレーム対応やシステムメンテナンス、決算業務などが該当します。

「慢性的な人手不足」、「業務上の都合」など、曖昧な理由では特別条項を適用できません。

特別条項の規定

  • 特別条項の適用回数は年6回
  • 臨時的な特別な事情がある場合のみ適用可能
  • 時間外労働の上限は年720時間未満
  • 時間外労働+休日労働の合計時間は月100時間以下
  • 時間外労働+休日労働の2~6か月単位での平均時間は80時間以下

参照元:時間外労働の上限規制わかりやすい解説(厚生労働省)

時間外労働の上限規制が適用されない業種もある

以下の表にまとめた業種に関しては、時間外労働の上限規制を適用するまで、5年間の猶予が与えられています。猶予期間が終わった後も一部の規制に関しては、適用対象からは外れます。

また、医師に関しては、上限規制に関する内容が依然として決まっていません。2024年4月まで2年を切っており、今後の動きが注目されます。

そして、厚生労働省によると、新技術や新商品開発に携わる研究開発業務に関しても、以下の表に記載されている業種と同様、時間外労働の上限規制適用対象から外れます。

ただし、労働安全衛⽣法改正に伴い、月100時間を超える時間外労働を行った労働者に対しては、医師の面接指導が義務付けられました。労働者の健康保護を怠った場合、罰則が科せられます。

表:時間外労働の上限適用外の業種

事業・業務猶予期間中の扱い(2024年3月31日まで)猶予期間後の扱い(2024年4月1日から)
建設事業上限規制の適用外・災害復旧や復興事業を除き、時間外労働の上限規制を全て適用
・災害復旧や復興事業の場合、以下の規制の対象外
①:時間外労働+休日労働の合計時間は月100時間以下
②:時間外労働+休日労働の2~6か月単位での平均時間は80時間以下
自動車運転業務・特別条項付き36協定を締結し場合、年間の時間外労働の上限は960時間以内
・以下3つの規制対象外
①:時間外労働+休日労働の合計時間は月100時間以下
②:時間外労働+休日労働の2~6か月単位での平均時間は80時間以下
③:特別条項の適用が年6回
医師 協議中
鹿児島県及び沖縄県の佐藤製造業・以下2つの規制は対象外
①:時間外労働+休日労働の合計時間は月100時間以下
②:時間外労働+休日労働の2~6か月単位での平均時間は80時間以下
上限規制を全て適用

2023年4月から中小企業でも、1ヶ月で60時間を超える時間外労働をこなす従業員に対しては、基礎賃金×50%の割増賃金を支払わなくてはならなくなりました。

すでに大企業では割増率引き上げが適用されていますが、人材や資金面に制限がある中小企業には猶予期間が設けられ、時間外労働が60時間を超えても、通常の時間外労働と同じ割増率25%が適用されていました。

しかし、長時間労働に伴う体調不良や過労死が散見されている事態を重く捉えた政府が、割増率の引き上げに踏み切ったのです。

これまでと同じように時間外労働を命じた場合、今までの倍の残業代を支払わなければなりません。企業経営を圧迫する可能性もあるため、業務体制の見直しや新規人材獲得など、時間外労働削減に向けての企業努力が求められています。

参照元:2023年4月1日から月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます(厚生労働省)

時間外労働削減が重要視される理由

時間外労働削減が各企業に求められている理由は、主に次の3点です。

  • 過重労働防止
  • ワークライフバランス改善
  • 残業代削減

近年は過重労働に伴う病気や過労死のケースが散見されており、従業員の健康を守るためにも、時間外労働の削減が重要です。

また、ワークライフバランスの充実を就職先に求める方も増えており、残業時間の少なさをアピールポイントとして活用できます。さらに、残業時間を少なくできると、既存従業員のモチベーションアップや離職率低下も期待できます。

過重労働防止

時間外労働の削減が求められている理由の一つは、過重労働に伴う病気や過労死のリスクを抑えるためです。すでにさまざまな研究結果で、過重労働と体調不良の因果関係が立証されています。

たとえば、週の労働時間が60時間前後、または1ヶ月の時間外労働が60時間を超えた場合、脳や心臓の疾患リスクが、通常より2〜3倍高まるとの結果が出ています。

また、2008年には1ヶ月に時間外労働を50〜60時間こなしていた看護師が、くも膜下出血で命を落としました。

上記のケースだけに留まらず、1か月に60時間前後の時間外労働をこなす労働者の過労死が、ここ数年間で散見されています。労働者の健康を守るためにも、時間外労働を削減する努力が各企業には求められています。

また、体調不良の兆しや異変を感じたら、すぐに休ませることが重要です。体調が悪化すると自律神経の乱れや免疫力低下を招き、精神的にも不安定な状態に陥ります。

倦怠感やめまい、動悸などの症状に苦しんでいる従業員を発見した場合、すぐに休暇を取るよう指導してください。さらに、従業員同士が普段から互いに声を掛け合い、すぐに異変を感じられる体制を整備できると、体調不良によるダメージを最小限に抑えられます。

ワークライフバランス改善

近年は働き方の価値観が多様化し、ワークライフバランスの充実を求めている方も少なくありません。時間外労働の削減によって、従業員が趣味に没頭する時間や家族と過ごす時間を確保できると、心身をリフレッシュでき、仕事のモチベーションアップを図れます。

一方、企業にとっても業務効率改善や成果物の品質向上など、多くのメリットが見込めます。また、ワークライフバランス改善によって、就職先に残業時間の少なさを重視している学生やビジネスマンに対し、自社の魅力をアピールすることが可能です。

残業代削減

時間外労働削減は、従業員に払う残業代削減にもつながります。企業として時間外労働を減らす方針を明確化することで、就業中の集中力向上や業務効率化が望めます。

また、2023年4月からは中小企業でも、60時間を超える時間外労働を命じた場合、割増率を引き上げなければなりません。今までと同じように残業を命じていると、人件費がかさみます。

時間外労働を削減する方法

時間外労働を削減する方法としては、主に次の4つが挙げられます。一つひとつ内容を確認していきましょう。

  • フレックスタイム制を導入
  • 在宅勤務を導入
  • 勤怠管理システムの導入
  • 業務効率化ツールの導入

フレックスタイム制を導入

時間外労働を削減する一つの手段として、フレックスタイム制の導入が挙げられます。フレックスタイム制は、1日の労働時間をコアタイムとフレキシブルタイムに分け、従業員が労働時間を自由に調整できるようにした働き方です。

仕事の進捗状況に応じてフレキシブルタイムをどのように使うか選択できるため、無駄な残業を削減できます。さらに、フレキシブルタイムを保育園の送迎や家族の介護に充てられるため、育児や介護との両立も望めます。

また、フレックスタイム制は、1〜3ヶ月単位の清算期間に応じて総労働時間の枠組みを設定するので、1日の労働時間の上限を気にする必要はありません。

1日10時間働く日があったとしても、実労働時間が総労働時間の枠組みを超えなければ、時間外労働とはみなされません。近年はより自由な働き方を実現できるよう、コアタイムを廃止した「スーパーフレックス制」を導入している企業もあります。

在宅勤務を導入

在宅勤務を導入すると、従業員の健康保護や業務効率改善につなげられます。前者は通勤やオフィスで密集する機会を避けられるため、感染症の発症リスクを最小限に抑えられます。

一方、後者は同僚や先輩から話しかけられる機会がなくなるため、自分のペースを乱されることで生じるストレスは発生しません。就業中の集中力が高まり、残業時間削減や成果物の品質向上を実現できます。

企業としても、交通費削減や優秀な人材の確保、イメージアップなど、多くのメリットが見込めます。

ただし、いきなりフルリモートに移行すると、コミュニケーション不足に陥る可能性もあるため、状況に応じてオフィスワークと在宅勤務を併用するハイブリッドワークを導入してください。

表:在宅勤務導入のメリット

従業員企業
・通勤に伴う心身の消耗を回避
・プライベートな時間の確保
・感染症へのリスク最小化
・就業時間中の集中力向上
・職場の人間関係によるストレス軽減
・交通費や残業代の削減
・ワークライフバランス改善
・職場内クラスター回避
・優秀な人材の流出防止
・企業のイメージアップ

勤怠管理システムの導入

勤怠管理システムを導入するメリットは、従業員の勤怠状況を正確かつ効率的に把握できる点です。労働時間や残業時間、有給休暇の取得状況をシステム上で一元管理でき、常にリアルタイムの勤怠データを把握できます。

各データの集計はシステムが自動で行うため、人事担当者が自ら作業を行う必要はありません。仮に残業過多の従業員や有給休暇の取得が遅れている従業員がいた場合、上司と従業員にアラート通知を発し、早急な対応を促せます。

また、近年は低コストでハイスペックなクラウド型の勤怠管理システムが、市場に多数登場しています。ベンダーが提示している料金を支払えばすぐに利用できる体制となっており、ソフトウェアのインストールやインフラ環境を構築する必要はありません。

さらに、法改正へのアップデートやシステムトラブルへの対応もベンダーへ一任できるため、多くの企業にとって勤怠管理システムを導入しやすい環境が整備されています。

業務効率化ツールの導入

時間外労働削減とリソース不足解消に向け、業務効率化ツールを導入するのも一つの選択肢です。たとえば、メーカー機能を持っている企業が産業用ロボットを導入した場合、生産ラインの自動化によって、長時間安定して製品を生産できる体制を整備できます。

作業スピードや品質のばらつきを気にする必要もありません。また、ロボットに組み込むプログラムを書き換えれば、多品種生産にも対応可能です。一方、RPAを導入した場合は、データ入力や請求書作成、給与計算など、バックオフィス業務全般を効率化できます。

上記のように業務効率化ツールの導入によって、作業の一部を自動化できると、業務のスピードと正確性を高いレベルで保てます。

まとめ

働き方改革関連法の施行によって、時間外労働の上限が明確化されました。基本は36協定の上限である月45時間、年360時間を守るのがルールとなります。

特別条項を締結した場合でも、複数の規定を満たさない限り、コンプライアンス違反とみなされるため注意してください。

時間外労働削減を推進する理由としては、過重労働防止が挙げられます。長時間労働に伴う病気や過労死の事例が散見されており、従業員の健康を守るためにも、働きやすい職場環境の整備が重要です。

ただし、労働力不足に悩まされている企業も多いでしょう。今回お伝えした方法を参考に、時間外労働の削減に努めてください。