新しい働き方の導入は、従業員の就業意欲の向上や、優秀な人材確保に向けて有効であることから、多くの企業で進められている取り組みです。
しかし、その一方で、裁量労働制を導入したことによって、従来とは異なる就業ルールを定めたり、勤怠管理の仕組みを刷新したりしなければならず、労務担当者はその対応に追われています。
今回は、裁量労働制の導入によって社内の労務管理体制はどのように変化するのか、導入に伴うメリットや押さえておきたいポイントについて解説します。
裁量労働制とは
裁量労働制は、労働の配分や進め方を実務にあたる労働者に裁量を与え、自由に進めてもらうという働き方のことです。労働時間が長くなっても短くなっても同じ労働時間分働いていると計算することから、「みなし労働時間制」と呼ばれることもあります。
従来の働き方は定時制が一般的で、9時に出社して5時に退勤するようなケースがスタンダードとされてきました。しかし、個人の生活や業務が多様化する今日においては、必ずしもこの枠組みがベストであるとは限らないケースも少なくありません。
そこで、特定の業種については裁量労働制の導入を許可することで、業務の効率化とともに生産性向上を促し、従業員のモチベーション向上にも役立てようというのがこの制度の目的です。裁量労働制は、労働基準法第38条にて定められている制度で、法律によって認められたルールの中で運用が期待されています。
「フレックス制」「事業場外みなし労働時間制」との違い
裁量労働制としばしば比較されるものに、「フレックス制度」と「事業場外みなし労働時間制」があります。裁量労働制とそれぞれの違いについて解説しましょう。
フレックス制との違い
フレックス制とは、業務の忙しさに応じて労働時間をコントロールできる制度です。繁忙期には1日あたり10時間勤務する一方で、閑散期には1日あたり6時間の就業で良しとすることにより、労働時間のバランスを取り、労働者の負担軽減や人件費の削減が可能です。
フレックス制と裁量労働制の違いは、就業時間をコントロールする方法にあります。フレックス制の場合、労働者が指定できるのは始業時間と就業時間を何時にするかです。一方、裁量労働制の場合、労働者はその業務に対して何時間就業するかある程度自由に決めることができるため、全体の労働時間は業務に応じて大きく左右されます。
事業場外みなし労働時間制との違い
事業場外みなし労働時間制は、普段の就業場所とは異なる、監督官の目の及ばないところでの労働を労働時間とみなす制度です。正確な労働時間を計算することが難しいことから、この場合はみなし労働時間が適用されます。
事業場外みなし労働時間制を適用する場合には、使用者の指揮監督が及ばない場所であることが条件となります。また、裁量労働制とは異なり時間外特別手当が発生する上、業種による適用制限もありません。、
裁量労働制を導入するメリット
裁量労働制の導入は、従来の働き方よりも柔軟な労働時間のコントロールができることから、現場に多くのメリットをもたらします。どういったメリットがあるのか解説しましょう。
社員の生産性向上につながる
裁量労働制の導入は、社員全体の生産性向上に貢献します。
勤務時間ではなく成果に対して賃金が支払われるようになるため、すぐに片付けられる仕事はすぐに終わらせることで、その分余暇の時間を社員は有効に使えます。
働く側の人がどれくらいの時間がかかるのかということを見積もりながら働くことができるため、永遠に終わらないような課題に対してもある程度目標意識を持って取り組み、時間内に終わらせようというモチベーションを創出できることも裁量労働制のメリットです。
どれだけ働いても労働時間は変わらないという既存のルールを大きく変える制度であるため、現場にとって前向きな刺激をもたらすことができるでしょう。
人件費の計算が簡単になる
裁量労働制を導入すると、人件費の計算を簡略化できます。
裁量労働制においては、基本的に従来のような残業時間の計算が必要ないため、残業代の計算を逐一行う必要はありません。プロジェクトに応じて人件費が大幅に変動することはないため、予算管理が複雑化することを回避しやすくなります。
労務管理を効率化できる
裁量労働制の導入によって、人件費の計算が実質不要になることはもちろん、労働時間の管理負担を軽減することも可能です。
基本的には固定給によって予算を管理するだけで済むため、誰が何時間働いて、誰が残業をしているのかといった勤怠管理が発生しなくなります。
裁量労働制を導入するデメリット
裁量労働制は労務管理の負担を軽減し、現場の労働者のモチベーションと生産性向上に役立つ魅力的な制度ですが、一方で導入に際しては注意しておくべきデメリットも挙げられます。ここでは、裁量労働制を導入することによるデメリットについて解説しましょう。
労使協定に基づく厳しい時間管理が必要になる
裁量労働制を導入するためには、労使協定を結び、その協定に基づく時間管理の厳格化を徹底しなければなりません。裁量労働制は、経営者の一方的な判断によって導入することは禁じられており、労働者の代表で構成された労使委員会の承認を得た上で導入が可能です。
裁量労働制を導入する上では、次の2つの手続きが必要です。
- 労使委員会の設置
- 委員会の運営ルールの規定
特に、運営ルールの規定においては、どのような業務に裁量労働制を導入するのか、みなし労働時間はどれくらいになるのか、苦情などを受け入れる窓口をどこに設置するのかといった決まり事をあらかじめ定めておく必要があります。不当な就業を回避し、健全な労働環境をお互いに補償するためです。
また、労使委員会で新しい決議が行われる場合、労働基準監督署への提出も必要です。新しい制度を導入するときこそ、このような導入プロセスを丁寧になぞる必要があるといえます。
社員のモチベーションが下がる場合がある
裁量労働制は、社員のモチベーション向上につながる可能性がある反面、逆にモチベーションを下げてしまうリスクがあります。
裁量労働制は、労働をあらかじめ指定した期間内に終えられるのであれば魅力的な制度ですが、期間内に終えられない場合は余計な労働時間が発生し、労働者に直接負担が及ぶこととなります。
会社側の一方的な判断で裁量労働制を定め、時間内での業務完了が不可能であるにも関わらず制度を認めてしまえば、残業代の支払われない長時間労働が定着してしまい、離職率の増加につながります。
社員の心身の健康を損なう可能性がある
上記のような長時間労働の常態化はもちろんですが、裁量労働制は具体的な就業時間を定めないため、社員の私生活にも悪影響を及ぼす可能性もあります。
日中働いて夜は休息に充てるという標準的なライフスタイルが崩れ、遅寝遅起きが定着し、健康的な暮らしが阻害されるケースも珍しくありません。
社員の自己管理能力に大きく依存する方法であるため、事前に働き方についての指南を共有するなどのサポートを心がける必要があります。
裁量労働制の対象となる職種・業務・種類
裁量労働制は、あらゆる職種に対して適用できるわけではなく、法律によって対象となる職種や業務はあらかじめ定められています。裁量労働制が適用可能な業務は大きく分けて以下の2種類に分けられます。
- 専門業務型裁量労働制
- 企画業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制
1つ目は、専門業務型裁量労働制です。特定の方面に対して専門的なスキルが求められる職種が主にここへ分類されています。具体的には、次の19の職種が挙げられます。
- 新商品、新技術の研究開発、人文科学・自然科学に関する研究
- 情報処理システムの分析・設計
- 新聞・出版・テレビ・ラジオなどの取材・編集
- デザイナー
- プロデューサー、ディレクター
- コピーライター
- システムコンサルタント
- インテリアコーディネーター
- ゲームソフト開発
- 証券アナリスト
- 金融工学などの知識を用いて行う金融商品の開発業務
- 大学の教授研究の業務
- 公認会計士
- 弁護士
- 建築士
- 不動産鑑定士
- 弁理士
- 税理士
- 中小企業診断士
上記に該当する場合は裁量労働制へのシフトが認められていますので、働き方の見直しを検討することができます。
企画業務型裁量労働制
2つ目は、企画業務型裁量労働制です。事業計画の策定や運営、分析に携わっている労働者が対象となる裁量労働制で、専門業務型裁量労働制のように具体的な職種が決まっているわけではないものの、条件次第で裁量労働制が適用されます。
企画業務型裁量労働制は、次の要件を満たしている場合に導入することができます。
- 事業運営、企画立案や分析に関わる業務に携わっていること
- 本社や本店、あるいは事業経営に大きな影響力を持っている職場、独自の決定権を持っている職場
- 業務遂行に必要な知識や経験を持っている者、日常的にその業務へ携わっている者
誰でも裁量労働制を適用できるわけではなく、意思決定に大きく関わる業務や職場に従事しているほど制度を導入しやすいと考えておきましょう。
裁量労働制の導入に際して知っておくべきこと
裁量労働制を実行に移すに当たっては、次の点をあらかじめ理解しておき、必要な対応がいつでも取れるよう備えておくべきです。それぞれについて解説しましょう。
- 手当の発生条件を把握する
- 残業代がまったく発生しないわけではない
- 社員の健康を守れる体制づくりを進める
- 客観性を持って労働時間の記録ができる環境を整備する
手当の発生条件を把握する
裁量労働制は、基本給以外の手当が必要なくなる制度ではありません。もちろん、意味のない残業代を支払う必要がなくなるため、その分の人件費は削減することはできますが、深夜労働の手当や休日出勤の手当は従来通り発生します。
裁量労働制を導入する場合も、これらの条件に当てはまる出勤状況を確認できる仕組みを導入しましょう。
残業代がまったく発生しないわけではない
基本給の他に別途発生する手当として、残業代は残ります。以前ほど安易に残業代が発生することはなくなりますが、みなし時間を何時間に設定するかによって支払うべきか否かが決まります。
法律で認められている1日あたりの一般的な就業時間は8時間ですが、仮にみなし労働時間が10時間となった場合、超過した2時間分は残業代を支払わなければなりません。裁量労働制の中で、具体的にどれくらいの就業時間が発生しているのかについても、確認できる仕組みが必要です。
社員の健康を守れる体制づくりを進める
裁量労働制へ移行してすぐの場合、まだ社員の中でベストな働き方を見つけられておらず、ライフスタイルが崩れてしまうケースが出てくることが想定されます。社員の健康が損なわれることは、それだけ会社の生産性に悪影響を与えてしまうものです。
そういった事態を回避したり、その影響を最小限に抑えたりするためには、社員の健康を守れる仕組みが大切になります。そのため、医師のもとでの保健指導を進めたり、勤務の間にインターバルを設けたり、適切な休暇の取得を促したり、社員の健康に配慮した環境づくりを推進しましょう。
客観性を持って労働時間の記録ができる環境を整備する
残業手当やその他就労に伴う手当の支払いは、法律で義務付けられている手続きです。裁量労働制に移行したとしても変わることはないため、勤怠管理は正確に行う必要があります。
制度を新たに導入した際は、労働基準法に意図せずして違反してしまうこともあり得ます。制度改革に伴い、裁量労働制に対応している労務管理システムを導入するなどして、第三者からでも正しく就業状況を把握できる体制を構築し、安心して働ける職場へと生まれ変わりましょう。
まとめ
裁量労働制の導入に伴い検討すべき事項や、導入によってどのような効果が得られるのか解説しました。
裁量労働制は、社員の能力や生活に合わせて柔軟に就労時間を変更することができるため、生産性の向上やワークライフバランスの実現を後押しできるメリットがあります。また、就労時間の計算にかかる負担も小さくなるため、勤怠管理に伴う作業量も軽減が期待できます。
一方で裁量労働制の実施により、従来の管理方法から大きく体制を刷新する必要が出てくるため、正しく労務管理を行うのに苦労することもあるでしょう。
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